長瀬 徳彦
株式会社LIXIL LIXIL Water Technology Japan 浴室事業部 浴室開発部 デザインG グループリーダー
“湯を愉しむ”をコンセプトにしたバスルーム「SPAGE」をはじめ、浴室製品の企画・デザインに携わる。グッドデザイン賞 ベスト100、iFデザイン賞、レッドドット・デザイン賞などの受賞経歴を持つ。
入浴文化「bath」+ 多様な生物の受け皿「biotope」=「bathtope」
――11月26日にリリースされるbathtopeの概要について教えてください。
bathtopeは取り外し可能な浴槽を備えたコンパクトなバスルームです。広いシャワースペースと心地良い浴槽入浴を一つの空間で提供し、いつでも効率的に切り替えられます。浴槽はやわらかいファブリック素材で、簡単に取り付け、取り外しができます。
――bathtopeという印象的なネーミングには、どのような意味が込められているのでしょうか?
私たちの大切な入浴文化「bath」と多様な生物の受け皿を意味する「biotope」とを組み合わせた造語です。従来の浴室という概念にとらわれない、多様なライフスタイルの受け皿となる、柔軟で自由な浴室をイメージしています。
国内のマーケットは縮小傾向にありますが、人々の環境意識の高まりやライフスタイルの多様化に伴い、入浴スタイルも変化しています。従来の浴槽浴中心のスタイルに代わり、現在はシャワー浴+浴槽浴のミックススタイルが主流になりつつあります。そんな時代の変化に対応する新製品がbathtopeです。
1日の限られた時間にしか使われない、浴室を開放する
――bathtopeのアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか?
私たちの生活を振り返ってみると、1日のうちで浴槽に浸かる時間は本当に限られています。その限られた時間にしか使われない空間が、常に住宅内のある程度の面積を占めている。暮らしの中で長い時間を過ごす空間にこそ、人びとは価値を見出すわけで、今までの浴室のあり方を見直したいと思ったのがきっかけです。
そのためには浴室をもっと外に開き、解放していく必要があると考えました。そこで一番のネックになるのが浴槽の存在です。浴槽を一時的に取り外すことができれば、空間効率も高まるし、他の用途展開も生まれる。そこから浴槽の素材について考え、ファブリック素材の浴槽が生まれました。まだまだ浴室を異なる用途で使うまでには至っていませんが、今後のビジョンとしては考えています。
――従来の浴槽はFRP(繊維強化プラスチック)などの素材を使用していますが、ファブリックの浴槽が生まれるまでの過程を教えてください。
当初は機械的な折りたたみ式の浴槽などもアイデアとしてありましたが、コロナ禍を経た自然回帰志向、環境への意識の高まり、精神的な豊かさを追い求めるウェルビーイングの傾向などを踏まえ、たたんで小さくなる風呂敷のような浴槽、自然と体がゆれるハンモックのような浴槽にアイデアをシフトしていきました。
多くの日本人には、会社や学校からの帰宅後に夕飯の前後で、ほぼ毎日決まった時間に入浴する、という習慣があるかと思います。入浴するのもシャワーを浴びるのも好きな時に好きなだけ、もっと自由に使ってほしい。その思いを叶えるのがファブリック素材の浴槽です。
――従来の浴槽の制約を取り払うことで、浴室の新しい可能性が広がったということですね。
やはり大多数の日本人はお湯に浸かる行為を捨てきれるものではありません。入浴は気持ちいいですからね。シャワーは日々進化しており、体を温めるのに適したシャワーなども存在していますが、溜まったお湯に身をゆだねる時間は幸せです。そんな入浴時間を素材の弾力や触感、湯に包まれる新鮮な入浴体験へ導くこともファブリック素材の浴槽デザインに込めています。
未来のビジネスアイデアコンペから事業化へ
――bathtopeはLIXIL社内の公募「ミライBOX」で最優秀賞を受賞しています。どのような想いで応募したのでしょうか?
LIXILはイノベーションの創発に力を入れており、社内では新しいチャレンジを推奨する機運が生まれ、2021年に未来のビジネスアイデアを募集するミライBOXが立ち上がりました。デザインメンバーとともにbathtopeの原案で応募し、事業化に至っています。
デザインの仕事は新しい価値を見つけ出し、良質なアウトプットを備え、暮らしに喜びを与えることだと思っています。そんな自分の考えが応募の後押しとなっていることは間違いなく、「ミライBOX」がいつもの思考範囲よりも枠を広げ、一歩先の未来を考える刺激となったことも確かだと思っています。
――受賞から製品化に至るまで、どのようにプロジェクトを進めていったのでしょうか?
ミライBOXで最優秀賞を受賞した後、通常ならイノベーティブなアイディアを事業化まで結びつけることが困難というケースがほとんどかと思いますが、浴室事業部の久保事業部長に大きな理解と応援をいただきました。事業部内でもプロジェクトに対する理解度は非常に高く、多くの方に試作体の入浴評価をしていただきました。瀬戸社長からも、日本市場のグローバル化に伴いシャワー文化がより普及していく可能性についてヒントをいただくなど、社内の風通しは非常によかったですね。
――プロジェクトのチーム編成を教えてください。
私はプロジェクトリーダーとして携わり、初期デザインメンバーを軸に、 企画メンバーと新規市場戦略を担うメンバーのプロジェクト体制で進めました。ブランディングの監修については、アートディレクターの川上シュン氏(artless Inc.)に依頼をしました。パッケージのデザインやブランドのトーン&マナーなど、幅広くサポートいただいています。
世のトレンドの「少し先を行く」プロダクトに
――住宅設備を総合的に手がけるLIXIL内で、bathtopeのようなエッジの効いた製品は珍しいかと思います。開発時にこだわった点を教えてください。
ファブリック素材の浴槽は、受け手によっては安価なものとして見られてしまう可能性があると考えました。簡単に取り替えられて、使い捨て感覚で消費できるような。このような中で、「ユニークなアイデアと洗練されたブランドのバランス」という点にこだわりました。どのように高級感を出すのか。そこについても川上シュン氏にさまざまなアドバイスをいただきました。
当初のネーミングにはハンモックをイメージさせるような「bathmock(バスモック)」という案もありましたが、それだとアウトドア志向が出過ぎてしまうので、ブランドコンセプトである「浴室の開放」という方向に修正しました。多様な個性の人たちが自由に活用できる浴室という意味で、「biotope」と掛け合わせて「bathtope」に落ち着きました。
大事なのは世の中のトレンドとの距離感だと思います。多くの人は従来のユニットバスの方が良いというかもしれない。だけど「こんなアイディアありかも」と気づいてくれる数人がいる。それが兆しであり、新しい選択肢につながる。それをbathtopeとして具現化し、提案できたと思います。クリエイティブな仕事をしている人たちは「自分はもっとこうしたい」という想いがありつつも、多くのことを我慢しながらアウトプットを生み出しているかと思います。私もその中でもがいてきましたが、今回のbathtopeは一歩先の気持ちのいい距離感を生み出せたと思っています。
――LIXIL内において今後、bathtopeブランドをどのような位置づけにしていくのでしょうか?
bathtopeについてはLIXILに内包されるブランドというよりも、bathtopeの製品を見て「LIXILってこんなに面白いこともできるのか」と思ってもらえるようなブランドになればいいと考えています。
従来の浴槽以上の、快適な体験を提供する
――bathtopeの開発を今振り返ってみて、苦労された点について教えてください。
やはり浴槽をつくる過程ですね。最初はビニールシートにお湯をためて実験するなど、いろいろなタイプを試行錯誤しました。縫い合わせの箇所が多ければ多いほど、縫い目から水が漏れることになるので、なるべく縫い目を減らした形状を考えました。
また、サイズ違い、カラー違いでいくつかバリエーションをつくりながら進めていきましたが、現実的な企画に落とし込むのに苦労しました。
――bathtopeが普及することで、人々の暮らしにどのような影響を与えると考えていますか?
まずはbathtopeを魅力的だと思う人に使ってもらいたい。魅力的な生活の一部にbathtopeを取り入れてほしいという気持ちです。習慣が変化するので多くの人に共感は得られないかもしれませんが、今の浴室空間より自由であることは確かです。より暮らしに個性を求める人、柔軟に発想し生活を豊かにできる人。今までの習慣にとらわれない人が、bathtopeの魅力を引き上げてくれることを願っています。
※bathtopeの詳細については下記ホームページをご覧ください。
https://www.lixil.co.jp/lineup/bathroom/s/bathtope/
LIXILでは、「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」というパーパス(存在意義)の達成に向け、常に新しいことにチャレンジしています。これまでの枠にとらわれない斬新な発想、そしてさまざまなバックグラウンドを持つ従業員の多様な視点や協業者とのコラボレーションから生まれる新たな価値-このようなことを大切にし、イノベーションを創発していくことで暮らしの未来を創造していきます。
LIXILは今後も、私たちの行動指針LIXIL Behaviorsの一つにある「実験し、学ぶ」企業文化を醸成し、“やってみよう”と仲間が背中を押してくれる環境を整えてまいります。
※LIXILのイノベーションについては下記ホームページをご覧ください。
https://www.lixil.co.jp/corporate/innovation/
About LIXIL
LIXILは、世界中の誰もが願う豊かで快適な住まいを実現するために、日々の暮らしの課題を解決する先進的なトイレ、お風呂、キッチンなどの水まわり製品と窓、ドア、インテリア、エクステリアなどの建材製品を開発、提供しています。ものづくりの伝統を礎に、INAX、GROHE、American Standard、TOSTEMをはじめとする数々の製品ブランドを通して、世界をリードする技術やイノベーションで、人びとのより良い暮らしに貢献しています。現在約53,000人の従業員を擁し、世界150カ国以上で事業を展開するLIXILは、生活者の視点に立った製品を提供することで、毎日世界で10億人以上の人びとの暮らしを支えています。
株式会社LIXIL(証券コード: 5938)は、2024年3月期に1兆4,832億円の連結売上高を計上しています。
LIXILグローバルサイト:https://www.lixil.com/jp/